富山丸慰霊塔

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富山丸慰霊塔の紹介

「お帰りなさい!」の声に、遺族が『心の故郷』と慕う慰霊の地


徳之島の市街地にある亀徳新港から車で約3分。港が丘住宅を過ぎて、サトウキビ畑の手前の看板を右折し300m。海を望む場所に慰霊塔があります。


富山丸は太平洋戦争中の昭和19年6月29日に亀徳沖にて米艦魚雷により撃沈した輸送船で、昭和39年(1964)に慰霊碑建立、遺族と地元の協力により周辺が整備され、平成16年(2004)に『なごみの岬公園』と命名されました。
毎年4月には、ご遺族が全国より集い「富山丸慰霊祭」が執り行われております。

富山丸慰霊塔の見どころ

なごみのひびき 前方は富山丸沈没地点


大きな慰霊塔の裏手に車の鍵(スマートキーではない)のような形のモニュメント『なごみのひびき』があります。


香川県遺族会会長の増田氏によるデザインでサヌカイトという響石で出来ており、「過去・現在・未来を念じながら軽く打てば願いが叶うと伝えられています。」との説明が添えられています。そのモニュメントには楕円形に三ヶ所の穴が開いており、そこから見える海が富山丸の沈没地点です。


公園入口石碑の「なごみの岬公園」の文字は、元首相、小泉純一郎氏の揮毫です。ご親族の小泉正一郎海軍一等飛行兵が天城町の浅間飛行場から沖縄へ出撃された記録が残っており、「最後の夜は徳之島でした」との石碑も園内にあります。


その入口から慰霊塔までは左右に「なごみの碑」があり、約3700名の犠牲者のお名前が刻まれています。
その他にも富山丸の生存者で慰霊塔建立に尽力なされ、ご遺族より「ミスミのお父さん」と慕われた三角光雄氏顕彰碑。同じく戦争によって尊い幼い命を奪われた疎開船武州丸の慰霊碑などもあります。


戦後70年を過ぎ、ご遺族も高齢となる現在も毎年続けられている富山丸慰霊祭は全国各地で開かれる慰霊祭の中でも稀!と言われるほどで、祖先の眠る徳之島を心の故郷として想い続けるご遺族と、来島を「お帰りなさい!」と本当の家族のように迎える島人の心からの交流の場所でもあります。お互いの労をねぎらい、平和を願い祈る姿は関係者ならずとも胸を熱くさせられます。

徳之島に魅せられている初心者ライター:kisinyenye

富山丸慰霊塔の情報

スポット名 富山丸慰霊塔とやままるいれいとう
住所  鹿児島県大島郡徳之島町亀徳
管理者 徳之島町地域営業課
電話番号 0997-83-4111
料金(入場料等) 無料
駐車場の有無 有り50台
その他設備
  • 確認中
アクセス 徳之島子宝空港より車40分、亀徳新港より車5分

アクセスマップ

富山丸慰霊塔